【スピリチュアル実践のパラドックス】

 

前回のメルマガでは、
霊的な存在として「ハイヤーセルフ」、
つまり「魂」について触れました。
 
そして、魂に着目することの大切さについて祖父は
「もっと自分の価値を肯定してほしい」という目的も語りました。
 
なぜでしょうか?
そして、その価値とは何でしょうか?
 
徐々に確信に迫りますが、
「これを本当にわかってほしい」という祖父は
ありがちな落とし穴から話を始めます。
 
祖父の言葉です。

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【スピリチュアル実践のパラドックス】

 

さっきも言ったが、
魂に知ることは
自分の価値を知ることにつながるんだ。
 
でも、その価値とは何だろうか?
 
その価値には2つの側面がある。
 
①「自分の」価値について
②目に見えない存在の助けを得られる「価値ある自分」について
 
魂についてはこれまで語ってきたし、
今は「スピリチュアル領域と自分」がテーマになっているから
今は②について話したい。
 
要はね、
「どうしたらスピリチュアルな助けが得られるのか?」
その本質を知ってほしんだ。
 
スピリチュアルに関心がある場合のほとんどは
なんだかんだ言って
「目に見えない何かの助けを得られたら嬉しいな」という動機だろ?
 
それはそれでイイんだよ。
そして「それは可能だよ」というノウハウもたくさんある。
 
でもね、私から言わせれば、
(ノウハウは否定しないけど)
そのノウハウを「起動させるスイッチ」をなぜ押さないのか?ってことなんだ。
 
分かるかな?
 
ノウハウを知って実践しながらも、
そもそも、そのノウハウを起動させていない。
 
ホームランが打てスイングをしてるのに、
そもそもバッターボックスに立っていない、みたいなもので。
 
お祈りの仕方は知っている。
でも何も叶わない、、、
 
引き寄せられるノウハウを知ってやっている。
でも何も引き寄らない、、、
 
神様と交信できる呪文を知っている。
でも悩みが続く、、、
 
おかしいと思わないかな?
行動していれば結果が出る
そっちの現実世界ルールに従いながらも、
何も結果が伴わないのは。
 
で、結論から言えば、
起動させるスイッチは
 
自分の意識であり、
自分は何者か?の定義からスタートし、
 
かつ、自分の魂が
スピリチュアルな助けが得られる最大のキーになるってこと。
 
どういうことだろうか?

 

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