【「許す」の本質とは?】

 

弊書「天国おじい」でも紹介しましたが、
私は父との関係において
感情的な軋轢・衝突の問題を
長年抱えていました。

 

お陰様で、今は
非常に良好な関係性を
楽しむことができています。

 

素直に父を尊敬し
父も私を尊重してくれます。

では、なぜそう変化できたのか?

 

それは、今回お伝えする
祖父の教えのおかげでもあります。

「親と向き合う」とか
「親を許す」ということはよく聞きますが、

いざとなるとかなり難しいものです。

 

でも、祖父は
親を許し、親と良好な関係性を
築くことができると言います。

 

さらに興味深いのは、
「親との向き合いが、
あなたの人生を好転させることにつながる」
という視点です。

その背景にはどんな因果関係が
隠されているのでしょうか?

 

では、祖父の言葉です。

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【「許す」の本質とは?】

 

そもそも分かってほしいのは
「親の資質と子供の資質は違う」ということ。
親子であっても、
持っている特性・能力・魅力、
もしくは課題はまったく違う。

 

でも人間は、
自分基準・自分目線で相手と向き合い、
相手を判断し、評価を下す。

 

何が言いたいのか?というと
「どっちが正しい、どっちが間違っている」
という正誤論を持っていたら
改善はムリだということ。

 

これはすべての人間関係に
言えることでもあるが、

要するに
「なぜ私のこと分かってくれないの!?」
という各々の不満が本質的な原因なんだよね。

 

でも、そもそも「分かることなどできない」よ。
別人なんだから。

生きてきた境遇・環境・教育・時代・仕事など
何もかもが違うわけで。

 

さらにここで分かってほしいことは、
親との関係で色々あっても、
「だから私がダメなんだ」と自分を卑下したり
自己否定はしてはいけないということ。

 

そこで、ちょっとだけでいいから
視点と懐を広げて、
「相手の立場になって俯瞰してみる」
ことをオススメしたい。

 

そうすると、
「色々あったけど、親は親なりに
一生懸命だったんだな」
という理解が持てるようになる。

 

そして前にも言ったが、
暴力とか、虐待といった、
明らかに非人道的なことは
許す必要はない。

明らかに間違っていることだから。

 

許す」というのは
「なんでも許せ」という全許容ではなく、
「許さなければいけない」という強制でもなく、

「許せること・理解できることを探す」という
【視点を持つこと】が本質になる。

 

「許す」というのは「結果」でしょ。
幸せが結果なのと同じで、
(許すという)結果に至る
「プロセスに着目する」ことが大切なんだ。

 

つまりは、
「相手から1つでも良いところを
見つけるようにしてみる」ということ。

これに取り組むことが、
いわゆる「人生の修行」だと思うよ。

 

そして、このスタンス・視点が
人生を好転させるんだ。

すべての人間関係においてもね。

 

どういうことだろうか?

 

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