【使命を知ることの価値とは?】

 

これまで「使命」について
色々と話してきましたが、

「使命は人生の信用・信頼に直結する」
と祖父は言います。

 

この言葉だけでも使命の価値がわかりますが、
使命を知る価値について
祖父はさらにこう語ります。

 

祖父の言葉です。

-------------------------------

 

【使命を知ることの価値とは?】

 

使命には様々な見解があるが、
まず知って欲しいことは、

 

使命は、
(たとえば「地球を良くしよう」
「戦争をなくそう」という
大義名分的なことも大切だが)

 

「自分が何ができるか?」ということであり

 

それは「◯◯してあげたい」
という直接的なことが大切なんだ。

 

そうでないと「自分」が介在せず、
人ごとになってしまうから。

 

そして、「◯◯してあげたい」というのは
貢献であり、動機にもなる。

 

そうなると自分は
「何をしてあげられるのだろうか?」と、
自分の強み・能力・魅力を活かすしかなくなる。

 

だから「自分を知ること」が大切になる。

 

さらに、「◯◯してあげたい」
という動機は行動を促し、
動機と行動が伴えば
影響力(伝播力)が出る。

 

逆に言えば「◯◯してあげたい」
という貢献が伴わない動機による行動は
結果を生まないし、下手すると、
想定外の被害を(こちらが)被ったりする。

 

前に、苦労を生み出すのは
「感情論に基づいての言動だ」と話したが、

 

それ以外に「◯◯してあげたい」
という貢献が伴わない動機による行動も
苦労を生み出すんだ。

 

何が言いたいのかというと、

 

「使命」というのは
意識論・抽象論だけの話ではなく、
「行動に直結したものである」ということ。

 

貢献「意識」は大切だよ。
でも「貢献行動」が結果を生み出すわけで、

 

「◯◯してあげたい」という貢献意識を、
「だから私は◯◯します」という貢献行動に
つなげるのが使命なんだ。

 

これが使命を知ることの最大の価値になる。

 

以上を踏まえて次に考えたいことは、

 

前に「ギブ&テイクが大切だ」とは言ったけど、
ギブしてもテイクできないことがある。
というか、そういう事態のほうが多いかもしれない。

与えるだけで何も得られない、
貢献行動しているのに
「反応がない」という感じ。

 

反応がないと、
もっと言えば「感謝」されないと、
人は疲弊し、悩み、迷う。

 

なんでもそうだ。
気持ちだって、与えているだけ与えても
相手からの反応がなければ鬱になるしね。

 

じゃあ、どうしたら自分の行動を
然るべき反応(リターン)につなげられるだろうか?

 

(次の記事を読む >>>)