【自己探求における2つの本質】 

 

「自己を知る」とはよく聞くフレーズですが、

以前の私は「自己を知りたい」と思いつつも
将来への空想ばかり考えていました。
「自分とは?」という問いが
「将来こうなったらいいな」という希望的観測に変化してしまうのです。
そこで改めて
「自己を知ろう」と思っても、
さらに迷う自分がいました。
「自己探求とは言うけど、
なんか言葉だけの魔法に惑わされていないか?」という違和感です。
そこで祖父はこう語りました。
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【自己探求における2つの本質】
よく言われる「自分の中に答えがある」というのは
どういう意味なんだろうか?
それは、
生きていく上で、
また、仕事をするうえで
必要なことの答えを持っているということになる。
が、大切なことが2点あって、
①自分の中からどんな情報を見つけるのか?
「ターゲットを絞らないといけない」こと。
例えば、前世とか、将来の可能性とか、
いつ成功できるのか?など
人によって知りたい答えは色々あるだろうが、
前世は自ら記憶していない限り知らなくても困らないし、
将来の可能性は「今」何をするか?で変わるから、
意外にも「気にしていること」は
探求しなければいけないテーマではなことが多い。
そして②「自分の中」というのは現時点での自分の中を加味すべきということ。
これまでの全ての「体験」と「経験」にも答えが内包されているわけで、
生まれた時点の基礎情報はもとより、
その後の「自分」も加味して考えないと
「適応」が分からなくなるんだよね。
いずれにせよ、
自分が生きていくために必要な情報と
自分が仕事をしていくために必要な情報の2点を
まず知ることが優先される。
その上で考えたいのことは
「何をしたいのか?」ではなく
「どうしたと思っているのか?」という問いなんだ。

  

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